以前の記事でも書いたように、投資を始めた頃の自分を動かしていたのは、強い焦りや劣等感だった。


大学時代の友人との差、社会人としての差。
自分だけ取り残されているように感じるあの感覚が、どうしようもなく苦しかった。

その感情は、確かに自分を前に進めるエネルギーになった。
働き、学び、投資し、積み上げ、FIに辿り着くまでの道のりを支えてくれたのも事実だ。

ただ、FIを達成した今、その時とは全く異なる状態にある。今感じているのは、

自分の人生を測る物差しは、他人のものではなく、自分の内側にある。

ということ。


外側の“正解”を追いかける必要はなかった

社会には「こう生きるべきだ」という空気がある。
安定した会社に入り、昇進し、家を買い、家庭を持ち…
まるでそれが“正解”であるかのように語られる。

でも、FIを達成して強く感じたのは、

人生の正解は、外側には存在しないということ。

  • 自分が納得できるか
  • 自分の価値観に沿っているか
  • 自分の人生を自分で選べているか

それで十分だった。

外野の声は、自分の人生に責任を取ってくれない。
だから、気にする必要もない。


比較しても人生は変わらない

劣等感が原動力だった時期は確かに必要だったかもしれない。
でも、比較を続ける限り、心はずっと不安定なままだ。

他者と比較しても、自分の人生が良くなるわけではない。
むしろ、惑わされることが多くなるだけ。

誰かの成功は、その人の条件・価値観・環境の上に成り立っている。
そこに自分を当てはめても意味がない。

比較を手放すと、静かに心が軽くなる。
そして、自分の人生に集中できるようになる。


人生の軸は“自分の価値観”に置く

結局のところ、人生の柱になるのは自分の価値観だ。

  • 何を大切にしたいのか
  • どんな生き方をしたいのか
  • 何に時間とお金を使いたいのか

この軸さえブレなければ、他人の声に振り回されることはない。

FIは「お金の自由」だけでなく、
“自分の価値観で生きる自由”を取り戻すプロセスだったのだと思う。

劣等感から始まった投資人生は、
最終的に“他人の物差しから解放される”という場所に辿り着いた。


おわりに:自由とは、内側の価値観で生きること

FIを達成した今、外側の正解を追いかける必要はもうない。

自分の内側にある価値観を大切にして生きる。
その積み重ねが、自分の人生をつくっていく。

自由とは、他人の物差しを手放し、自分の価値観で生きることなんだと気づくことができた。