FIREはゴールじゃなく、新しい自由のスタート。無理をしない自分への約束

とうとう、この日が来ました
2026年3月31日。
長年続けてきた組織の一員としての生活が、幕を閉じます。
明日からは、どこかに所属するわけでもなく、決まった時間に出勤する必要もありません。ずっと目標にしてきた「自由な生活」がいよいよ始まります。
でも、いざその時を目の前にして、今の正直な気持ちを言うと……。
実は、なんだか「そわそわ」しています。
「やったー!自由だ!」という手放しの喜びだけじゃなくて、「本当にこれでいいのかな?」という、ちょっとした不安が顔を出しているんです。
「何かしなきゃ」と焦ってしまう自分
FIREについて調べていると、よくこんな言葉を目にします。
「暇すぎて退屈するよ」
「結局、また働きたくなるよ」
これまでは「自分は大丈夫」と思っていました。でも、いざ4月からの真っ白なカレンダーを見ると、急に焦る自分がいることに気づきました。
「何か意味のあることをしなきゃいけないんじゃないか」
「毎日ぼーっとしていたら、社会から置いていかれるんじゃないか」
そんなふうに、自分を追い込もうとする変な「ブレーキ」がかかっている感覚です。
「周りの目」というノイズに気づく
どうしてこんなに焦るんだろう? と考えてみました。
すると、結局のところ「周りからどう見られるか」を気にしているだけだったんですよね。
「あの人、45歳なのに毎日何してるんだろう?」
「暇そうでいいわね」
そんな他人の声(あるいは、自分が勝手に想像している声)に振り回されて、「自分はちゃんとやってるよ!」と証明したくなっていただけなんです。
でも、よく考えたら、そんな周りの目を気にせず「自分の好きなように生きる」ためにFIREを目指したはず。ここでまた無理に予定を詰め込んだら、場所が変わっただけで、また自分を縛ることになってしまいます。
今の心境を、そのまま受け入れる
もちろん、この先、考えが変わることもあると思います。
「やっぱり何かに挑戦したい!」とエネルギーが湧いてくるかもしれないし、逆に「もっと静かに過ごしたい」と思うかもしれない。
それはそれで、その時の自分が決めること。
大事なのは、その時々の自分の心に素直でいることだと思っています。
無理をして「FIREとはこうあるべき」という形に自分をはめる必要なんて、どこにもないんですよね。
「何もしない」という最高の贅沢
4月からは、息子も中学生になります。
彼が新しい世界に踏み出すのと同じように、私も「新生活」のスタートです。
これからは、あえて「何もしないこと」を自分に許してあげようと思います。
市場をチェックしたり、ブログを綴ったり、家族とゆっくり朝食を食べたり。
たとえ、一日中何もしない日があってもいい。
それが、私が頑張って手に入れた「自由」なのだから。
「暇=退屈」ではなくて、「暇=自分の時間を100%自分で決められる贅沢」だと捉えて、のんびり過ごしてみるつもりです。
4月からの「自分軸」
4月から、私の新しい毎日が始まります。
まずは、長年走り続けてきた自分を、しっかり労わってあげたい。
もし、数ヶ月後の私が「暇すぎて辛い!」なんて言っていたら、その時は笑ってください。あるいは「やっぱり仕事がしたい!」と言い出しても、それがその時の私の本音なら、それでいい。
周りの意見に流されず、今の自分のペースを守ること。
それが、私にとっての「最高のFIRE」だと思っています。
4月からも、そんな等身大な日常を、マイペースに発信していきたいと思います。












