自分を「条件付き」で肯定していませんか?

「今日、あなたは自分のことを『よくやった』と手放しで褒められましたか?」

目標を追いかけ、数字を積み上げ、誰よりも効率的に動く。私たちはいつの間にか、何かを成し遂げている自分にしか価値を感じられない「条件付きの肯定」の中で生きています。

それはFIREを目指して働いている最中だけでなく、自由を手に入れた後も形を変えて追いかけてきます。「せっかく自由になったのだから、もっと有益な発信をしなければ」「もっと凄い成果を出さなければ」……。

しかし、もしその「何か」がすべて無くなったとしたら? それでも自分は貴いと言い切れるでしょうか。


今回の整い:『無事是貴人(ぶじこれきにん)』

禅の世界で「無事」とは、単にトラブルがない状態を指すのではありません。

「外に向かって悟りや評価、特別な何かを求める気持ちを一切持たないこと」

そんなふうに、ありのままの自分に満足している人こそが、最も貴い人(貴人)であるという教えです。

「足し算」の人生から、「引き算」の休息へ

45歳で組織を離れ、投資家としての道を歩む中で、私は多くの「足し算」を経験してきました。資格や役職、そして資産額。これらは自分の価値を証明するための強力な武器になります。

しかし、人生の本当の贅沢は、そうした「飾り」をすべて剥ぎ取った後、ただそこに座っている自分を「これでいい」と肯定できる瞬間にあります。

資産形成してきて、ある程度資産が出来てきて感じているのは、最後に行き着くのは「数字」ではなく、この「足元の平穏」なのかなと。

  • 何か有益なことを言おうとしない。
  • 何か特別な実績を作ろうとしない。
  • 誰かと自分を比べて、優位に立とうとしない。

そんな「無事」な状態で今日という一日を穏やかに過ごす。これこそが、人生における究極の資産運用なのかもしれません。

一緒に、自分だけの「凪」を探しましょう

私もこのブログを通して禅の言葉を発信しながら学んでいる身です。Xのタイムラインを見て心がざわつく夜もありますし、「今のままでいいのかな」と不安になる朝もあります。

でも、そんな時こそ一緒にこの言葉を思い出してみませんか。

あなたは、何かを成し遂げたから貴いのではありません。 特別な肩書きがあるから価値があるのでもありません。

外に答えを求めず、今日という一日を大切に味わっている。その「無事」な姿こそが、何よりも尊いのです。

「何者かにならなきゃ」という重たい荷物を一度下ろして、深く呼吸を整える。そんな時間を、皆さんと共に積み重ねていけたら嬉しいです。