FIREしたら「やりたいこと」を探さなくてもいいのかもしれない

こんにちは、NAOです。
FIREしてから約半年が経ちました。そんなFIREですが、FIREを意識しはじめた時に誰もが向き合わなければならない問いがあります。いや、FIREでなくても、定年を迎えれば誰でも向き合う問いです。
「仕事をしなくなった自分は、これから何をして生きていこう?」
サラリーマンとして働いていてまだFIREや定年を意識していないころは、そんなことを真剣に考えることはほとんどないと思います。
朝になれば職場に行く。
出勤すれば仕事があり、締切があり、人から頼まれることがある。
嫌な仕事もあったけれど、「今日は何をしよう?」なんて毎朝考える必要はありませんでした。
ところがFIREすると、それが全部なくなります。
時間はある。
お金の心配も以前ほどない。
会社に行く必要もない。
そうなると、今度は逆に、
「自分は何をしたいんだ?」
という問題が出てくるのです。
先日カフェに行った時に、お店に置いてあった雑誌を読んでいたんですが、その中に今回の問い対するヒントになりそうな記事を見つけたので今日はその内容を共有したいと思います。
その雑誌はポパイという雑誌。ご存じの方も多いのではないでしょうか。その2026年9月号。表紙の「これが僕の仕事」というタイトルが気になって手に取りました。
その中で思想家の内田樹さんの『仕事を考える視点』というコラムがあったんですが、その内容がFIREしたら何かしなきゃと悩んでいる人に響くのではないかと感じました。
「やりたいこと」を探さなくてもいい
文章の出だし。そのまま引用します。
「自分のミッションを探すというのは”天職”を探すということ。天職を英語ではvocationとかcallingと言います。どちらも”呼ぶ”という言葉の派生語です。天職というのは呼ばれることなんです。自分で選ぶものではなくて”あちら”から呼ばれるんです。」
この出だしで一気に引き込まれました。以下コラムの内容の要約です。
コラム「仕事を考える視点」要約
- 天職とは「選ぶ」ものではなく「呼ばれる」もの 天職(英語のvocation/calling)は、自分で選ぶのではなく、あちらから呼ばれるものです。道中にたくさんの扉があり、目の前の扉がパッと開く。そこに迷わず入ればいい。他の人をかき分けて呼んでいないところに飛び込んでも天職には出会えない。
- 自分を呼ぶシグナルを聞き取ること 必要なのは、扉が開いたことに気づく感度です。「自分を呼ぶシグナルを聞き取る感度」を持つこと。「ちょっと手を貸してくれないか」というのをきっかけに扉が開く。救難信号に手を貸すと、自分の好き嫌いや適性を超えた仕事が始まり、それが結果として天職になることも。
- 人間の知性で最も重要なのは「親切」 人間の中で最も重要なのは「親切」であり、それが人間のクリエイティブな資質。「自分は割と親切ですよ」というシグナルを周りに送ること。転職するときも、より困っている声や必要とされている声が聞こえる方に行く。
- 「執着」を手放し、次のフェーズへ行く 天職とは一生を捧げる仕事と思われがちだけど、そこに執着しすぎると自由な方向を決められなくなる。脱皮して次のフェーズへ進むのが自然。成功体験に固執すると進化が止まる。人間は「可動域」が狭くなると命の危険を感じる。360度ぐるりと行動の選択肢があると安心する。
- 「心耳(しんじ)」を澄まし、無声の声を聞く 都市生活で五感が鈍る中、瞑想や深呼吸などで「心耳」を澄まし、外界のノイズを抑えて自分を透明にして無声の声を聞くことが重要。そうすることで生命力やパフォーマンスも上がる。
- 我執に固執せず、日々の修行を重ねる 人と競わず、スコアの高低や勝ち負けにとらわれないこと。淡々と一生懸命に自己陶冶の日常を送れば、ストレスも少なくなります。自分を呼ぶ声に応えていくと、振り返ったときにすべての点が一本の線(物語)として繋がっていることに気づく。
仕事は、自分の中にある「やりたいこと」を探して、それを仕事にするものとは限らない
私たちはキャリアや今後の生き方について考えるとき、
- 「自分は何が好きなのか」
- 「何が得意なのか」
- 「本当にやりたいことは何なのか」
- 「自分に向いている仕事は何なのか」
と、どうしても自分の内側ばかりを探しがちです。
でも、内田さんはむしろ逆方向から考えます。
「自分は何を求められているのか」
ということ。
- 誰かから頼まれる。
- やってみたら、意外とできる。
- また頼まれる。
- そのうち、だんだん上手になる。
- そして、それがいつの間にか自分の仕事になっている。
つまり、「自分がやりたいこと」から仕事が生まれるとは限らない。「人から必要とされること」の中から、自分の仕事が見つかることもあるというわけです。
これ、FIRE後にもすごい重要なんじゃないか
ここで私は、この考え方と「FIRE後の生活」が強くつながりました。
サラリーマンの頃は、「社会から何を求められているか」を自分自身で強く意識しなくても、会社が仕事を持ってきてくれました。
ところがFIREすると、突然それがなくなります。
「自由になった!」と思ったのも束の間、「で、何する?」となってしまうのです。
FIREについて語るとき、よくこんな話が出てきます。
- 「仕事を辞めたら何をするか」
- 「やりたいことを見つけよう」
- 「趣味を充実させよう」
- 「第二の人生を楽しもう」
もちろん、それも大切だと思います。
でも、もしかすると順番が逆なのかもしれません。
「自分は何をしたいのか?」ではなく、
「自分に何ができるのか?」
そして、
「それを誰かのために使えないか?」
と考えてみることです。
FIREすると「自由」だけでは足りない
FIREの魅力は、何と言っても自由です。
嫌な仕事をしなくてもいい。働きたければ働けばいいし、働きたくなければ働かなくてもいい。
これは本当に素晴らしいことです。
でも、人間って不思議なもので、「何もしなくていい自由」だけでは、必ずしも満たされないんですよね。
- 人から頼られること。
- 「ありがとう」と言われること。
- 自分の経験が誰かの役に立つこと。
- 昨日までできなかったことが、今日はできるようになること。
そういうところに、人は意外と大きな喜びを感じます。
会社を辞めると、「仕事=収入」という関係からは解放されます。
でも、「仕事=誰かの役に立つこと」まで一緒に捨てる必要はないのです。
むしろFIREした後だからこそ、収入とは完全に切り離して純粋な「仕事」を考えられるのではないでしょうか。
「仕事」を小さく再定義してみる
例えば、こんなことでいいのだと思います。
- ブログを書く
- 誰かに投資やお金のことを教える
- DIYで作ったものを人にあげる
- 子どもに何かを教える
- 地域の活動を手伝う
- 困っている友人の相談に乗る
- 自分が長年やってきた仕事の経験を、若い人に伝える
これらは別にお金にならなくてもいい。
でも、誰かにとって価値があるなら、それは十分「仕事」と呼べるはずです。
FIREしたことで、「お金を稼ぐために働く」必要はなくなりました。
だったら、「誰かに必要とされるために動く」という仕事の原点だけを残してもいい。
そんなふうに思いました。
FIRE後は「自分探し」より「他人探し」
これは、私自身にとっても結構大きな発見でした。
FIREしたら、「自分は何をしたいんだろう?」と考え続けるのではなく、
「自分に何か頼んでくる人はいないかな?」
くらいでいいのかもしれません。
そして、頼まれたらやってみる。
やってみたら、意外と面白いかもしれない。
意外と人から喜ばれるかもしれない。
そこから新しい自分の能力が見つかるかもしれない。
つまり、FIRE後の人生は「やりたいことを探す旅」ではなく、「自分を必要としてくれる場所を探す旅」なのかもしれません。
おわりに
もちろん、旅行してもいい。
ゲームをしてもいい。
昼からビールを飲んでもいい。
何もしない日があってもいい。
せっかくFIREしたんだから、それでいいんです。
ただ、もし「自由になったのに、なんとなく物足りない」と感じる日が来たら、
「自分が何をしたいのか」ではなく、「自分に何ができるんだろう?」
と考えてみてください。
案外、その先に「次の仕事」が転がっているのかもしれません。
そしてその仕事は、もしかすると会社員時代よりもずっと自由で、ずっと楽しいものなのかなって期待しています。











